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2017年8月24日木曜日

### 「石川県警察の不手際を悪用された弁護士被災家族の25年、被災女性の47年目の誕生日」というエントリー名、締めくくり ###

### 「石川県警察の不手際を悪用された弁護士被災家族の25年、被災女性の47年目の誕生日」というエントリー名、締めくくり ###

***>>2017-08-24(木曜日)15:07_[これからの記述範囲の開始時刻]>>***

 ファイル名を見ると16日からの作成開始になりますが、タイトル名とも言えるエントリー名の趣旨から外れた記述に、今回も終始してしまったと思います。ツイートの引用も予定外に数が多くなり、ブログのページの読み込みにも支障が起きかねないので、そろそろ締めくくりにします。

 今回も、被告訴人弁護士らの罪質、所業について、具体的に突っ込んだ事実関係を書くことを予定しながら、今ひとつ踏み込むことが出来ず、準備段階の作業、記録に専念してしまったかと思います。

 タイトル名に、25年としておりますが、これは平成4年を起点としており、まず嫌疑の始まりである国選弁護人、岡田進弁護士の関与は、5月の下旬ということになります。8月3日に地裁の判決が出て、8月の中頃には、控訴審の私選弁護人となった木梨松嗣弁護士が、初回の接見に来ています。

 弁護士被災家族、被災女性としておりますが、これは私の起こした傷害・準強姦被告事件の被害者とその家族になります。被害者と言えば、加害者との関係性で一対一というイメージがありますが、関係者の数も幅広く、長期に渡る権利侵害が継続しているので、被災という言葉で表現してみました。

 別の見方をすれば、多くの関係者の利益を図ったのが被告訴人弁護士らの行為であって、被害者やその家族、実際の事実関係というものは、まるっきり無視され、切り捨てられています。具体的なことは、次回以降のエントリーにおいて、折りに触れ、適宜に書いていきたいと思います。

 被害者である安藤文さんは、昭和45年8月15日が誕生日だと聞いていました。記憶に自信がなくなっていますが、彼女の誕生日のことは、直接質問をして回答をもらったという意識が残っていて、電話ではなかったと思うので、そうなると4月1日の事件当日だった可能性が高そうに思います。

 昭和45年生まれということは知っていたと思います、早い段階で、昭和39年11月生まれの自分より、ちょうど6歳年下になる、ということを意識していたことを憶えています。また、事件の調書にも彼女の生年月日のことは、複数に記載があったと思います。

 昭和45年と言えば、西暦で1970年。今年が2017年なので、引き算で47歳になるものと計算しました。私が事件を起こした平成4年4月1日の時点で、彼女は満21歳でした。私は27歳でしたが、今年の11月の誕生日で53歳ということになるようです。

 安藤文さんの父親の安藤健次郎さんの年齢は、平成4年4月から5月の金沢西警察署での取り調べの時に、谷内孝志警部補から銀行を定年退職した直後だと聞かされたのが初めてでしたが、その後、供述調書などで、昭和11年12月生まれだと知りました。誕生日は12月25日ではなかったかと思います。

 今、端末でbcというコマンドを実行し、「1992 - 1936」という計算をすると、結果が56と出たので驚きました。4月の時点では55歳だったということになり、今では聞いたこともないですが、当時は55歳で定年というのも珍しくはなかったということになりそうです。

 55歳と言えば、今年の11月で52歳になる私と2,3歳しか変わらないことになりますが、それでも25年という年月を加算すると、やはり80歳ということになって、確か世界第2位という日本人男性の平均寿命を越えたことになります。

***<<2017-08-24(木曜日)15:45_[これまでの記述範囲の終了時刻]<<***

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